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大工技術の講義 きんき民家塾 木下孝一棟梁が講演

金閣寺「平成の茶室」などを建築した数寄屋研究所心傳庵の木下孝一棟梁は5 日、綿業会館(大阪市中央区)で、「大工技術の講義」と題して講演した。自 然災害に耐え抜いてきた木造構造(建築構法)の仕組みを中心に、建築への思 いと技へのこだわり、モノ造りに対する愛着と誇り、情熱を力強い口調で、熱 く語った。 「釘を使う建築に疑問を感じた」。遙か昔に建てられた茶室(京都)を解体し たときのこと、その昔の大工技術を見、「見た目は良いが、木組をばらばらに 解体していくと、目に見えないところに釘を使っていたり、手を抜いていると ころがわかる」といい、「つくり手の無責任な体質に憤りを感じている」と嘆 く。「釘などの金物は木との相性が悪く、いつかは朽ちる。家造りも、素材選 びも妥協はできない」と力を込めた。 木下棟梁の建築は、釘を使用せず、すべて木と木を組み合わせた複雑な臍(ほ ぞ)と栓で接合する建築構法を採用している。「私の建築は阪神淡路大震災級 の地震が来ても、お茶碗一つこけない」と誇らし気に語る。基礎は全て花崗岩 (御影石)を使い、御影石を敷いている。「つや出し磨きすると水を吸収する ので、わざとざらざらに」といい、また、「木の構造体と基礎石は接合しな い」と説いた。
さらに屋根は「半永久的に持つということから、チタンを使用している」という。木下棟梁は、夢の金属と呼 ばれるチタンをお寺の屋根に採り入れた第1人者でもある。 他に、木造建築に欠かせない木の素材選びは「大切に」と呼びかけた。 木下棟梁は1931年石川県生まれ。1947年から京都で町屋大工、数寄屋棟梁に師事した後、1966年に数寄屋師と して独立した。1993年には京都府伝統産業優秀技術者賞を受賞した。また、表千家家元から利休御用係りの大 工「藤五朗」の銘の茶杓を拝領している。75歳。講演の最後に「お金で人は育たない、人を育てられるのは愛 情だけ」と言及した。 木下棟梁の講演はNPO法人・日本民家再生リサイクル協会(JMRA)の「きんき民家塾」(第五期生)講 座の一環で実現したもの。塾長は自然の恵み、豊かな暮らしをキーワードに家造りを展開している輝建設?の 小原公輝代表取締役社長(JMRA理事)だ。 【小原塾長――冒頭の挨拶から】 「長い歳月に耐え抜いてきた古民家を何とか残し、活かしたいとの思いで立ち上げたきんき民家塾も五期目に 入った。塾生も増え、カリキュラムも充実してきた」と手応えを感じていた。 【写真上】  熱心に耳を傾ける5期生 【写真下左】 輝建設の(株)の小原公輝代表取締役社長  【写真下右】 講演する木下棟梁
2006年08月11日
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